スウィンギングロンドンの文化と社会(1)

「あなたのネクタイが気に入りません。」

 これは、1962年6月6日に行われたオーディションの後の、ジョージ・マーティンの「何か気に入らないことがあるんじゃないのか?」との問いかけに対するジョージ・ハリスンの発言です。

 この出来事は、ビートルズとマーティンの運命的な出会いの伝説としてよく語られています。このジョージの発言によってメンバーの緊張が解け、和やかなムードになったというのです。

 ところで、ジョージが「気に入らない」と一刀両断したネクタイは、一体どのようなものだったのでしょうか。この時の写真などは残っていないので、今回は社会情勢とファッションの流行の関係性に基づいて推測してみましょう。

 ファッションと経済は密接に関連しています。景気がいいと、その分、布も多く使えるので、ネクタイの幅は太くなりますし、女性のスカート丈は長めのものが流行ると言われています。反対に景気が悪いと、ネクタイは幅の細いものが主流になり、女性のスカートも丈が短いものが流行る、というわけです。

 例えば、日本においても、バブル期の学生の特攻服や、女子学生の異様に長いスカートの流行、バブル崩壊後の、「極短」と呼ばれるほどに短かった男子の学生服、そして、女子の学生服におけるミニスカートの流行等からも、ファッションと経済状況の関連性を見て取ることが出来ますね。

 このことを踏まえ、50年代初頭のイギリスが60年代よりも好景気だったことを考慮すると、50年代には太い幅のネクタイが流行していたと推測されます。当時既に社会人であったマーティンも幅の広いネクタイを好んでいたようで、ビートルズに出会う以前の1961年に撮られた真から大剣の最大幅が10センチはありうな太いネクタイを身に着けていることが確認できます。

 一方、60年代イギリスは「英国病」の全盛期で、景気はかなり悪いものでしたので、スウィンギングロンドン前夜の62年頃から、全盛となる66年頃は、布地を多く使わずに作れる細身のネクタイが主流でした。ビートルズのステージ衣装やプライベートでのネクタイは、黒のニットタイを中心に、その殆どが細身のものですし、当時のイギリスの街の様子を撮った写真、ビートルズも出演したテレビ番組、Ready Steady Goのオーディエンスの服装等からも、細いネクタイの流行が確認できます。ビートルズがデビューする頃には、61年のマーティンの写真に確認できるような太いネクタイは、既に時代遅れだったのですね。

 ジョージはビートルズの中でもおしゃれだともっぱらの評判があり、当時のファッション雑誌にも取り上げられるほどでした。そのジョージが流行に敏感であったことは想像に難くありません。マーティンが身に着けていたネクタイが、既に流行遅れであることを指摘するために「あなたのネクタイが気に食わないです」と伝えたのかもしれませんね。

(文:髙橋滉太郎 イラスト:なかにし さおり)